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【自立的システムと分析的システム】規制派はなぜ感情論に走るのか


感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)感性の限界――不合理性・不自由性・不条理性 (講談社現代新書)
(2012/04/18)
高橋 昌一郎

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「わいせつ罪」「悪書追放運動」「児童ポルノ法」「青少年健全育成条例」と、創作物を取り締まろうとする運動は歴史を振り返ってみても潰えることがない。これら運動の後押しをしているものは漠然とした「不安」にあるといっていいだろう。「悪書」が人々に影響を与えて残虐な事件を引き起こすのではないか? メディアや専門家もそのように言い立てる。

それはある一面においてそうだろう。もともと犯罪の素質をもった人間が、そういったものに触れれば「悪い影響」を受ける可能性はある。しかし影響を与えるというのならば、マンガやアニメに限った話ではないし、「影響」だけで論ずるのであれば「悪い影響」がある反面、「良い影響」があるだろうことも無視できない。「悪い影響」だけがあるとは言えないのだ。だがその科学的根拠や相関は明らかになっていない。

しかし、人々は「悪い影響」に心を捉われる。いかに科学的な根拠がなかろうと、法的に規制されることで自由を失うことになろうとも、漠然とした「不安」を振り払うことに理屈はない。理屈ではなく何とかしたい、何とかできるという思いだけがある。こういった傾向が反対派から「規制派は感情論にすぎない」と指摘される原因だが、人類史に見られる「魔女狩り」のように、人々の恐怖から起きる断罪は現代に限らず数多く存在している。



人間は脳内に2つのシステムをもっており、それは「二重過程理論」と呼ばれている。直感的な処理をする「自立的システム」と、論理的な処理をする「分析的システム」に分けられる。

ある実験では、まず被験者にチョコレートを食べさせる。次に被験者には形だけ「大便に似せた」チョコレートを食べるように促す。しかし、被験者の多くが、これがチョコレートだと理解しながら食べることを拒否した。論理的に考えれば同じチョコレートであり、食べることを拒否する理由はないのだが、見た目から受ける印象により直感的に食べることが躊躇われる。

他には、美味しい物を前にして、口の中に唾液が溜まったところを想像してほしい。ごくりと生唾を飲む。では、その唾液を一度グラスに吐いて、もう一度口に含んで飲んでほしいと言われたらどうだろうか? これも論理的には同じ自分の唾液であって、グラスに不純物があるわけでもなければ、もう一度それを飲むことに抵抗はないはずである。しかし、これにも抵抗を覚える人は多いだろう。

このように人間は「二重過程理論」において、論理的に「分析的システム」を働かせるより、「自立的システム」に頼って判断することが多い。



他にもギャンブルなどを見た場合、コイン投げで「裏・裏・裏」と続いた後には、「そろそろ表がくるだろう」と考えたり、野球でヒットのないバッターに「そろそろヒットが出るだろう」という予測を立てる場合がある。しかしこれも統計や確率といった論理的な判断としては誤ったものであることが容易に理解できるはずだ。

何回コインを投げようと、確率はそのつど「1/2(50%)」であり、何回裏が連続しようと、次に表が出る確率に変化はない。もし変化があるように感じたら、それは人間の直感的な「自立的システム」による錯覚に過ぎない。

あるいはギャンブルをして損をしたときには、「でもパチンコは楽しかったし」「競馬は興奮したし」というように、「損をした分、何らかの代償を得た」と自己を動機づけ正当化する傾向がある。そもそもギャンブルをしなければ損はしなかったし、他に楽しいことがあったかもしれないのに、そういったことを考えるのを避ける。これを「認知的不協和」という。俗に言う「酸っぱいブドウ」の話である。



カーネマンとトヴェルスキーは、病気に対する対策を例に、ケース別に被験者に問いを出し、A or Bと、C or Dの解答を求めている。実はこの実験では、数学的にはAとC、BとDの数字が同じになるようにできていて、Aを選んだ者はCを選び、Bを選んだ者はDを選ぶようになっている。しかし、ある「問題の出し方」によって、被験者の解答はA,Dに偏ることが明らかにされている。

つまり解答が同じである以上、Aを選んだものはCを選ばないとおかしいことになるのだが、実際にはA,Dという解答が多くなったのである。もちろんこれは問題の出し方にコツがあるのだが、これも「二重過程理論」が正しく論理的な判断が行えないことを証明している。

カーネマンとトヴェルスキーは、「人間は得をするフレームではリスクを避け、損をするフレームではリスクを冒そうとする」と解析し、これを「フレーミング理論」と名付けた。



心理学者ポール・スロヴィックは、ある精神疾患の患者を退院させるべきかという仮想のアンケートで、「A:彼のような患者が退院して再び暴力を振るう可能性は20%である」「B:彼のような患者は100人中20人が退院して再び暴力を振るう」という2パターンの言い回しを使った。Aの説明を受けた人々は21%が退院に反対し、Bの人々は40%が退院に反対した。

もちろん、これは言い回しが違うだけで数学的には同じである。これも認知バイアスから抜け出せない例として紹介されている。ちなみに、このアンケートに答えたのは法廷で意見を述べるプロの専門家集団とされている。つまり、素人にアンケートをとったわけではない。

他にも「アンカー効果」は、人々の認知バイアスに影響することが実証されている。トマト缶の安売りで値段だけを書くと大体の人が1〜2個のトマト缶を買うのに対して、「1人10個まで」と添えると大体の人間が10個に近い数を買うようになる。これはほんの一例にすぎないが、このように人は事前に出された数字や条件に「引っ張られる」傾向にある。

これを利用すれば、「xxxの影響で犯罪が起きている」と言えば、人々は犯罪の原因を「xxxのせいだ」と思うようになる。実際には犯罪と物事の間に明確な相関が明らかになることなど、まず考えられない。



このように、人はおよそ正常な判断をすることが難しい。よくよく考えたり、理屈を理解したうえでもそれを承服できなかったり、自分を正当化したり、別な理屈付けをしようとする。こういったことが規制派が指摘される「感情論(論理的でない判断)」の元ではないだろうか。

これらは後日さらに突き詰めて考えたい。しかし、これが実証されたとしても、おそらく表現規制問題の解決にはならないだろう。人の心から恐怖が消えることはない。
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